帝都の繁華街ほどではないにせよ、
あれほどごてごて飾られてあった かぼちゃや蝙蝠が町から消えて、
カレンダーも物によっちゃあ あと一枚と押し迫り。
秋の深まりを感じさせる空の色に いや映える、
赤や黄の晩秋色をまとった街路樹が綾なす街角。
潮風が渡ってく港を照らす陽の色合いも、心なしか茜色っぽい気がする今日この頃。
「おっはよー、敦くん。」
「おはようございます。」
電算機のキーをカタカタと軽快に叩く乾いた音と、
壁越しで隣室から届くやや遠い電話の呼び出し音が、
環境音という名のBGMとなっている執務室。
窓の型や深色した床の意匠、
古風なドアの拵えなどなどが、ちょっぴりレトロな作りじゃああるが、
秋空から降りそそぐ いいお日和もやんわりと差し入ってくる、
なかなか爽やかで落ち着いた空間であり。
物騒な案件を扱う社なだけに忙しいというのも考えものだが、
それを言うなら今日はまだ穏やかな方。
荒事実働班である敦や国木田が在社しており、与謝野は医務室に在中。
谷崎と賢治は新しい依頼への聞き込みに出ており、
鏡花はナオミと共に税関と検察庁まで書類を届けるお使い中。
乱歩さんはデスクに足を投げ出す格好になって、
棒付きの飴を咥えたまま 新聞の4コマ漫画を眺めており、
社長は自身の社長室においでと来て。
残る一人がやっと出社してきた次第なのだが、
「いいご身分だな、相変わらず。」
顔も上げずにそうと声をかけて来たのは、言うまでもなくの“理想”のお人で。
早くも眉間に深いしわが刻まれている。
声も低めで威圧的な張りがあり、
書類の仕分けを手掛けていた敦が、
自分には非も無いというに あわわと肩をすくめたほどの厳格さが重々滲んでいるというに、
「なになに、国木田くんたら朝っぱらからご機嫌斜めだね?」
でも、お腹に響く重低音は力強くて頼もしい限りと、
案じているのか持ち上げているのか、
いやいやこの軽佻浮薄ぶりは…と 虎の子くんがいやな予感に首をすくめておったれば、
「始業時間はとうに過ぎておるわ、この社会不適合者っ!」
遅刻して来た身でその態度は何だっと、
煽られたそのまま一気にドッカンと噴火した辺り、
いつも通りといやあ いつも通りな流れじゃあったが。
“…何でいちいち爆発なさるのだろか?”
そうだね、国木田さんって真面目が過ぎる、
スルースキルでもって流すなんて 負けたような気持になるのかなぁ、などと
同僚のお兄さんとそっちを検討したこともあったの思い出す。
“谷崎さんも判らないって言ってたしなぁ。”
まま、無視したところで、
あれ?どうしたの?今日は構ってくれないの?とばかり、
結局 太宰さんの方からの煽るようなちょっかい掛けがあるだけなんだけどと。
そこは敦も慣れたもの、相変わらずだなぁなんて苦笑が洩れるほどにはなった。
そう。
相も変わらず、平穏な時ほどお騒がせな智謀の君、
遊撃軍師の太宰さんが、平穏だからこそののんびりぶりで
堂々の役員出勤してきたところ。
世間一般の方々が沸いていたハロウィンの騒ぎに紛れての
犯罪に通じよう裏社会での何かしら、
怪しい取引だの策謀だのも今年はなかったようで。
それでいいはずじゃああるけれど、世間が安寧ゆえの暇と云や暇には違いない。
「あと秋の催しと言ったら何だろう。」
「感謝祭とか七五三ですかね。」
「感謝祭は11月の第4木曜だから、七五三の方が先だよ?」
そんなこんなを乱歩さんとやり取りし始めたものだから、
置いてけぼりとなってしまった国木田さんが、
帳面型電算機と向かい合ったままながら
うぬぬぬぅといきみつつ 噴火再びとなりそうな唸りを上げ始める。
何でこうもマイペースな人が多いのか、
それを言うなら、敦くんだって
スルースキルとやら ちいとも養ってないようだけどなんて、
当事者様から きっちりやり返されそうな困りようでハラハラしており。
「あ…。」
ひらりと机の上から書類が一枚逃げ出したのも、
室内の空気の波立ちようを感じ取ったからかも知れぬ。
わわと慌てて身を伸ばしたが、そんな彼の指抜きグローブ付きの手の先から逃れ、
届くならと回転いすに座ったままで手を伸べていた身が均衡を失い転げかかる。
「わわっ。」
無様に転げるのは避けたいと、書類を諦め、床へ手をついたが、
とにかく起きようとそこから腕を突っ張らかしたのと、
乱歩と言葉を交わしていた太宰が自席へ向かわんと踏み出したのが重なり、
「わぁ。」
「おっと。」
捉まるものなぞない空間に跳ね起きかかった敦にすれば、
ぶつかれば危ないと身を縮めるのが精いっぱい。
顔やら顎やらに当たれば痛かろと、その身をぎゅうと丸めた反射は結構なもので。
そんなして相手をばかり慮った敦を前に、
実はこちらさんもまた 勘やら反射反応やらが鋭いはずな包帯の君は、
避けもしないでむしろふわりと双腕開いて身を進めてくれて。
結果、
「…わ。」
虎の少年、その懐にパフンとお顔から飛び込んで埋まる格好になってしまった。
それだけ自負が強いからか、それとも警戒なんてしちゃあいませんという親しみの現れか、
鷹揚そうな態度はみじんも揺るがないまま、
むしろおやおやという含み笑いと共に支えてくださってのこと、
身を縮めたまんまの少年を覗き込むと、安否まで気遣ってくれて。
「大丈夫だったかい? 腕、ひねってない?」
「ははは、はいっ。すみませんっ。///////////」
突然倒れ込んでぶつかってしまった無礼へもそれは恐縮してしまった敦くんじゃああるが、
それ以上にうひゃあと全身で跳ね上がりたくなっちゃったのは、
間近になったそりゃあ麗しい風貌のせい。
相変わらずに端正な容姿を保っておいでの御仁で、
目鼻立ちのいちいちがそりゃあ麗しいのみならず、まとう雰囲気が奥深く。
懐っこくも気安い笑みを振りまきながら、なのに
内面へ踏み込ませぬ謎めいたところがまた 罪なまでの蠱惑を醸す。
年相応にきちんと撫でつけていない伸ばしっぱなしな蓬髪が、繊細な美貌へ影を落とし、
うっそり伸びた前髪の下で、大粒のアーモンドのような双眸は深色をたたえて知的に静か。
しっとり柔らかで表情豊かな口許は、響きのいい声で気の利いた文言をソフトに紡ぐ。
ようよう丹精されたバラの茂みへ無作法にも乱暴に顔から突っ込んだようなもの。
まだまだ青年の域を出ない年齢だというに、その印象的な存在感の何と奥深そうなことか。
頼もしい懐は何ともないよと余裕で受け止めてくださったというに、
そして、むやみやたらとお説教するよな高圧的な人じゃあなし、
それどころか、よほどに頼りない後輩として映るものか、
もうもうこの子は なんて、そりゃあ微笑ましい対象として
幼子相手のようにぎゅむと抱き込まれてしまうことも少なくないお人だというに。
そこはやはり恐縮するのと、
この破格の端正さに中てられ、毎度どひゃあと焦せらされてばかりいる。
「すすs、すいません。////////」
奇矯奔放な言動には慣れても美貌の方へはなかなか慣れないものか、
今日も今日とて、仙女のような淑とした美貌にあわあわと狼狽える敦であり、
“誰だ、美人は三日で飽きるなんて言ったのは。///////”
そういう言い回しありますよね。
美人には三日で飽きるが醜女には三日で慣れるとかいう失礼なお言いよう。
まあ言わんとしていることは単なる侮蔑じゃあなく、
風貌が劣る存在の方が愛着がわくとかどうとか 一応褒めたい言い回しなんでしょが、
“ああでも。中也さんには飽きるなんてとんでもないのだし…。///////”
こらこら。(笑)
ちょっと脱線した虎の子くんの頬の赤さや
取り乱している表情へくすすと笑った辺りは楽しそうだったが、
そんな彼の懐から顔を上げかけた少年、ふと気づいたものがあり、
「……あれ?」
ついのこととて小首をかしげる少年へ、
どうかしたかい?
あ、いえ。あのあの、
言ったものかどうしたものかとちょっとばかり迷ってから、
紫と琥珀の溶け合う 宝珠の様な双眸を瞬かせ、
「太宰さん、タバコ吸うんですね。」
「? うん、本当にたまにだけれどもね。」
ちょっとためらって訊いた敦だったため、それほどの重要ごとかと鼻白んだのだろう。
兄人の側までキョトンと瞠目してから、それをふわりとほどくとくすすと笑う。
「一応着替えたんだけどもね。そっか虎の鼻で判っちゃったか。」
「はい。」
着替えたのは川に飛び込んだからでしょう?
はは、そっちもバレたか。
くぉら太宰、そんなことをしたがために遅刻したのか
to be continued.(18.11.08.〜)
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*秋ですねぇ。
秋のうちに書き上げたい、ちょろっと甘いお話、になったらいいなぁ…

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